頚椎椎間板ヘルニア 入院11日目 順調に見えて色々あり

看護師に腹を立てる。でもそれは早とちりだったかも

日が変わって間もなく(0:13)、両肘から先の千切れるような痛みで目覚めてしまい、ナースコールしました。が、「坐薬は6時間(←だったと思う)空けないとダメ」の一点張り。

このあと2:23まで、少しは楽なので横にならずに、あぐらの姿勢でいました。当然寝られず、寝られてもウトウトする程度。またナースコールしましたが「我慢するしかない」と。

3:00から坐薬も使えたんですが、腹が立ってたのと、痛みも少し弱まったので薬を使わずウトウト。このまま我慢して6:30に目覚めました。

どうなんですかね、医師から出ている指示(坐薬)でも痛みが我慢できないのだから、医師に上申して改めて指示をもらってくれてもいいんじゃないかと。

しかもこの看護師、「痛くなる前に呼んでくれていいんですよ」と言ってくれた人で、なぜこの日はこんな対応なのかと。ご意見箱に投書しようかと思いました(←しなかった)。

ただ後日、僕はこの看護師さんに心から救われることになります。今回、腹を立てたけど、看護師さん側の言い分もあったんじゃないかと今は思えます(例えば、これ以上の対処は麻薬しかないとか、だけどヘルニアの痛みに対して行うものじゃないとか、それが経験的に分かってるから上申しないとか)。そういうのを話してくれれば、僕も納得したかも知れない。

更に言うと、認知症とかで何度もナースコールを押す患者さんがいますが、夜中の看護師さんは2名なので、たぶんそういうのもあって、たまたま説明してもらえなかった可能性もあり。でもしてくれれば良かったんだけど。

まあ、とにかくこの日はこの看護師さんに腹を立てたつもりでした。「つもり」というのは、腹を立てる対象は、本来、痛みに対してではないかと今、思ったからです。

痛いから

痛いから反省した

普通の動作をするのに痛むことの辛さ。自分がこうなるまで、理解してませんでした。

僕の父は過去に脳出血と、その数ヶ月後に脳梗塞を発症しました。右半身に常にしびれがあり、右側に「見えてても認識しない」状況があるそう。

そうすると、旅行とかで家族で歩く時、父だけ歩くのが遅いんです。みんな先を歩いています。僕も気にはしますが先に歩いています。母は、せっかちなのと、他の家族に迷惑を掛けて申し訳ない気持ちから、父の方を振り返って「まだ? 遅いなあ」と家族にだけ聞こえるような声で言います。

でもこれからは、僕は父と一緒に歩こうと強く思いました。

痛いからビンのフタを開けられない

オロナミンCとか、写真はデカビタCですけど、茶色いガラス瓶に金属製のフタの飲み物ってあるじゃないですか。このフタが滑るんですよね。

で、痛みで強く握れないから、このフタを開けるのメチャクチャ苦労するんです。

握るのに小指は重要って良く聞きますけど、あれは正にその通りで、僕の場合、小指と薬指を握らない方向に持っていってしまう。握ると、お互い擦れ合って痛むから。これは、もう無意識に。

で、他の3本の指は握る方向にするなんて、無理があるわけですよ。だから握力が本当になかったです。

ちなみに、開けるには雑巾を絞るような感じ。左手でビンを持ち、右手はOKサインで作った指の輪っかでキャップを強く握って回す。普通の開け方では開けられませんでした。

じゃあ、別の飲み物にすればって話なんですが、炭酸が入っている飲料がコーラとこれしかなかったもので……。1日1回、炭酸を嗜みたかったんです(笑)。

痛いから歩けない

これは両腕ではなく、背部ですね。この日も、歩行時の振動で肩甲骨のあたりがズキーン、ズキーンと痛み、病棟の1周200mを1周がやっとでした。

痛いから下痢?

これは分からないですけど(笑)。この日、とにかく下痢でした。肛門が滲みるくらいの。汚い話でスミマセンが。

で、思ったんですけど原因は痛みじゃないかと。看護師さんに腹を立てるくらいの、あぐらじゃないと耐えられないくらいの痛みに一晩中耐えていたわけです。一晩中、長いです。PCとか触れません。気も紛れず、ただ時間と痛みが過ぎるのを待つ。マジで両腕切断したら楽になるのかとか、良くないことを考えちゃうくらいでした。

それくらいのストレスを感じてたので、胃酸が出すぎて、それが腸に下りてきて下痢したんじゃないかと

その考えは恥ずかしくて看護師さんにも言いませんでしたが、下痢の事実だけはバイタルチェックの時に伝えました。

痛いけど自分で入浴できるようになった

初めて自分で入浴しました。やはり、自分で洗うのは気持ちいい。

食事のときも思ったんですが、この「自分でできる」というのは、できなくなってみると本当にありがたく、また、気持ちの良いものだったと気付きます。

さて、これで食事・排泄・入浴が出来るようになりました。それで、手術(をするとして)まで、退院してもいいんじゃないかと思うようになりました。

そして、自分の中では、迷いもあるけど手術を受けようという気になっていました。

頚椎椎間板ヘルニア 入院10日目 サプライズでクリスマス

痛み

痛みで目覚める

何度も書いてしまってますが、歩行の許可が出て動き回っても、両前腕~両手の痛みが良くなったわけではありません。

この日、痛みで3:08に目覚めた記録があります。そのまま起床・バイタルチェックの7:00まで、痛みで寝られずウトウトしてました。

両前腕~両手の痛み

手が痛くてベッドに横になってしまいます。あと、痛みに耐えているだけで疲れてしまう。それから、痛みで動かせない。

例えるなら、肘から先が「ただ、体についている、激しい痛みを発するもの」と化してました。

もっと言ってしまうと、両肘から先を切断したら、この痛みから解放されるのかなとか、ちょっと思ってしまいました。でもどうなんでしょう。再度書きますが、そこに問題があるのではなく、脊髄で押された神経のせいで、両肘から先に痛みがあるように脳が錯覚しているのだから……この先は専門家に聞くしかないですね。

復職は無理だなあと、この日も思いました。

背中の痛み

前日よりは痛みが引きました。背筋がついたってことでしょうか。

ラジオ

気を紛らわせるために持ち込んだポータブルラジオ。鉄筋の建物に囲まれた病室のせいか、FMは1局しか受信できなかったのが、どういうわけかこの日だけ別の局も受信でき、貴重だったのでダイヤルとアンテナを動かしませんでした。

テレビが嫌いなのでラジオで充分なんですが、受信できる電波が、AM/FMともに近い局(出力が大きい? ←詳しくなくてスミマセン)2局くらい(FMは1局)でした。退院したら、短波ラジオとか聞いてみたいなあと思いましたね。

サプライズでクリスマス

病室のドアが開いて「パパ?」と次男が。いつもはカミさんだけなのに、この日は子どもたちも来てくれました。

ホワイトバランスがメチャクチャな事になってますが、チョコレートケーキです。カミさんが買ってきてくれました。

家族4人で、仲良く食べました。本当に嬉しかったなあ。毎年、クリスマスは幸せですが、このクリスマスも最高でした!

入院してるのに、家族でクリスマスを迎えさせてくれたカミさんに感謝!

ノートPCを持ち込む

タブレットとBluetoothキーボードの組み合わせは僕には合わなかった。キーボード入力はまだしも、画面のタップが面倒です。全て手元で操作できるノートPCを持ってきてもらいました。快適。

Twitterで見たマンガでメッチャ泣く

仲曽良ハミさんのマンガを見てメチャクチャ泣きました。

他にも書かれてまして、体育帽のウルトラマンかぶりとかチンポジ直しとか、細かい描写が読んでて懐かしくなりました。

頚椎椎間板ヘルニア 入院9日目 初めて外気に身をさらす

「屋上庭園」に出る

病院の屋上に出られるようになっていました。「屋上庭園」といいます。

そこに出て、入院後、初めて外気に触れました。寒かったけど、気持ちよかった。片側2車線の幹線道路沿いなので静かではないですが、その騒音も含めて、ああ、外はこうだったと新鮮な気持ちになりました。

痛み

両前腕~両手の痛み

相変わらず千切れるように痛くて、夜にナースコール。

自分の痛み評価(最大10)の8~9でナースコールしてましたが、5くらいとか、「これから痛くなりそう」で呼んでくれて良いと言われました。これ、後日また言われたんですが、8~9まで行っちゃうと薬が効かないんだそうです。

だけど、平時で5は超えてましたよ。というのはコレを書いている今気づいたんですけど。

坐薬の挿れ方を教えてもらう

今までは毎日挿れてもらってましたが、自分で手も洗いに行けるので、自分で挿れるやり方を教わりました。

背中の痛み

前日から歩き回り、前日は肩甲骨あたりだけの痛みだったのが、この日になると背中全体がバキバキに痛くなりました。やはり1週間寝たきりで筋肉が落ち、昨日からの運動で筋肉痛になったのではないかと。

掛け布団が高性能

病院の掛け布団、高性能過ぎて暑かったです。だからほとんど掛けていませんでした。

そうそう。寝たきりの時は、布団を足で蹴ってしまうと、再び掛けられません。なので体の横にどかす感じでした。そうすれば寒くなった時に戻せると。

その他

15:30よりクリスマスコンサート。楽しみにしてましたが、会社から社長や先輩方がお見舞いに来られたので行けませんでした(行ったけどメールが来て引き返した)。

頚椎椎間板ヘルニア 入院8日目 動き回る

この日の朝食から、食事の写真を撮り始めました。1週間振りに、お粥から常食になりました。

水が痛い

さて、それまで排泄も全介助でしたが、自分でトイレに行くようになりました。それで分かったんですが、手を洗う時の流水が痛い! 「ううっ!」と声が出ます。

例えるなら、肘から先の皮膚がヤケドでめくれて、そこに塩水とかお湯とかを掛けるような痛みです。医師や看護師さんは、「知覚過敏」と呼んでいました。

歩行開始

前日に引き続き、手は痛いんですがそれよりも嬉しくて車椅子をビュンビュン漕いでナースステーションに横付けしたところ、「そんなに元気なら車椅子なしでもいいですよ」と歩行可になりました。

歩けるようになって分かったこと

歩行の振動で、肩甲骨あたりにズキーン! ズキーン! と、痛みが響きました。問題の第5・6頚椎より下だと思うので、おそらく筋肉が落ちて痛むのではないかと。肩こり的な。

歩いてる時だけですがその痛みも強く、病棟一周約200mを歩くと、ベッドに倒れ込むほど痛くて疲れました。

薬は効いているのか

分かりません。ただとにかく、夜中に両手のちぎれるような痛みで目が覚めて、坐薬を入れてもらいました。それは効いていると思いました。

坐薬以外の、毎食後の飲み薬は、先日リリカが出ましたが、効果の実感はありませんでした。まあ、効き始めるにはもっと日数が必要だったのかも知れませんが。

手術を考える

上記のように痛みがあり、薬が効かないので(効いているとしても)このままではどんな仕事もできるとは思えません。それにこの日は、記録によると日が変わって翌日の2:00まで痛みで寝られなかったようです。

そんなこともあり、手術を受けようと考え始めました。

その他

ベッドの上で過ごすより、車椅子の方が背もたれがある分、楽です。ベッドの上は、畳の上にいるのと同じようなものなので、後ろにより掛かるものがないとキツイ。座椅子が欲しくなりました。

それから、カミさんに

  • ラジオ
  • タブレットスタンド
  • Bluetoothキーボード

を持ってきてもらいました。ささやかながら自分の環境を作っていきました。

頚椎椎間板ヘルニア 入院7日目 教授先生との出逢い

たまたま救急搬送された病院が良かったです。脊椎専門の他院の教授先生が、この病院に月2回来ていて、Opeもやっていました。

この先生にお会いするまで、主治医である院長でさえも「○○先生(←教授先生)がOKしたらね」と、僕の安静を許可しませんでした。つまり入院7日目まで一度たりとも身体を起こさず、寝返りも禁じられていました

ただ毎日、真上を向いたままスマフォ/タブレットを把持していたので、腕の力は付きました

尿道カテーテル

尿道カテーテルは、何かのはずみでカテーテルが抜けようとすると、尿道が痛い。それで、自分で位置の調節をするんですが、看護師さんの話では、途中でホースが折れるとお小水が出なくなるので気をつけないとダメだそうです。

確かに前日の夜、ホースの位置を調節したら、どうも膀胱に尿が溜まってる感が止まりませんでした。看護師さんのチェックで、ホースの折れをなくしたら、途端に尿がジャージャーと……。体に負担を掛けていましたね。

その他

リンガーハットのちゃんぽんが食べたいとかツイートしてました。

教授先生の回診→身動きできるようになる!

教授先生の回診があり、

  • 尿道カテーテル抜去
  • 起き上がりOK
  • 歩行もOK
  • 点滴ルートOFF(←右足首に刺さってた)
  • 「どんどん動いて運動しなさい」

とのこと。

尿道カテーテルを抜くのは、入れるときと同じくらいメッチャ痛かったです。声出ますもん。

起き上がり可になり、足首に刺さっていた点滴針の状態を見ることが、初めて出来ました。

そして、尿道カテーテル、点滴ルートがOFFになったことで、体に入っていた管や針から解放されました!

あと、歩行OKですが、はじめはフラつくので車椅子から。もっとも、ベッドを30°上げただけで目まいがw

いや、とにかく動けるようになって嬉しかった! ツイートでは

体起こしてみたけど、フラッフラするわー。

と言ってます。この後、嬉しくて仕方なくて、車椅子で院内を駆け回りました

  • 頭を起こせることの喜び
  • 移動できる喜び
  • 窓から遠くの山を見られる喜び

そして何より、自分の手で自分のペースで食べられる幸せ!

この日、車椅子に乗りまくったせいか、消灯後に空腹で寝られない事態になりましたw

痛みは相変わらず

歩行等がOKになったと言っても、痛みがなくなったわけではありません。軽くなったわけでもありません。相変わらず、布団の中に手を入れるのが憚(はばか)られるくらい痛い。

ただ、そんな痛みの中で、動いて良いことになったのは、ささやかながらも大きな幸せでした。

そして、教授先生からは説明の上、手術を勧められました

頚椎椎間板ヘルニア 入院6日目 余裕が出てくる/ヒマ

時間があるので読書をしよう→ムリ! twitterにする

両腕~両手の痛みは相変わらずですが、少し慣れたのか、この日のツイートを振り返ってみると、色んな情報を吸収し、自分も(下らないですが)発信していました。

本も読みたいですが、姿勢が仰向けのまま固定なので、本やら電子書籍やらを持とうとすると、強制的に筋トレみたいになります。

痛みもあるので、結構直ぐにへたばってしまい、睡眠をとったりしました。

そんなわけで、長く時間の掛からないtwitterが、自分には合っているのでした。

また、このことをtwitterで知った、れんとさんから「フマフォ/タブレットスタンド」をお見舞いの品として打診されました。すごく有り難く二人で色々検討してたんですが、アームが1mくらいでタブレットまで固定できそうなのがなかったのと、僕自身の痛みで、来ていただいたれんとさんに失礼があってはいけないので、後日ということになりました(多分)。

背中の暑さ対策その2

昨日は、背中の位置を僅かですが変えることで放熱しました。この日、手を思いっきり伸ばすと枕元方面のカーテンに届きました。カーテンを開けると、さすが2月。冷気が下りてくるので、背中の熱の放熱に効果的でした。

Amazonプライム・ビデオにする

なぜかダウンロードできないAmazonプライム・ミュージックの曲データ。

頭に来たので、Amazonプライム・ビデオでお気に入りの映画 Back to the Futureをダウンロードしようとすると、……出来るじゃないですか。

もうこの日は何度もBTTFを流しました。

頚椎椎間板ヘルニア 入院5日目 全介助で入浴

院長回診

主治医である院長の回診が、この日だったような気がします。記録が残ってないんですが、多分この日です。それまで清拭だったのが頚部安静、全介助で入浴OKになったからです。

しかも、前日にICUで清拭してもらったのに、この日入浴なのでした。

それでおそらく、この日から服用する薬にリリカが加わりました。(多分入院時から、ロキソニン、ムコスタ、メチコバールが出ていた。もしかしたらカロナールも出ていたかも)

入浴(全介助)

病室のベッドからストレッチャーへ、首を全く動かさないよう、頭を専門に持つ看護師さんと、他に4人の職員で「いっせーのーせ」で移動。

ストレッチャーで浴室へ運ばれ、服を脱がされる。

首を動かさないよう、アタマ専門で持つ職員と、あと2人くらいの職員で全身を洗ってもらう。後に、内1人の看護師さんが、以前の同僚だったと判明尿道カテーテルが刺さってる陰部とか尻の穴までさらけ出して洗ってもらっていました

この時にアタマも洗ってもらい、ヒゲも剃ってくれました。本当に有り難かったです。

入院後初めてヒゲを剃ってもらう

入院も5日目になり、気になっていたヒゲ。

僕は自分のヒゲを伸ばすのが嫌いです。若い頃、結構伸ばしたことがありました。ですが口の周り、モミアゲにヒゲが生えているのがとにかく気持ち悪くて、1ヶ月ほどで剃りました。

で、今回は入浴でヒゲを剃ってもらえたのでした。

ちなみに顎のラインがスッキリする角度で撮ってます。あざといですw

ていうかこのポリネック付けてたほうが顎の下のたるんだ肉が見えなくていいかも。

音楽の力

一般病棟では、廊下にBGMが流れていました。それが心地よく、嫌なことを軽減してくれると実感して、音楽って素晴らしいと思いました。

ただ、病室の戸を閉めると聞こえなくなるので、自分で曲を流す必要がありました。色々試してみましたが、タブレットからAmazonプライム・ミュージックで「主よ 人の望みの喜びよ」を流しまくるのが、僕にとって最も心を安らかにする手段でした。

ですが、どうやっても曲データを端末にダウンロード出来ませんでした。ダウンロードのボタンはあるんですけど……。

病室

そうそう。病室について全く書いてませんでした。入院していた病院は、原則として個室でした。なのに、「テレビ見放題」とかのオプションを付けなければ差額ベッド代ナシ! これは嬉しかったです。

復職の検討

この日の時点で、復職は無理だと思っていました。両前腕~第4・5指について

  • 痛みで服が着られない
  • 何かが触れると痛い

ので、入院生活でも腕まくりをして掛け布団にも触れないようにしていました。かろうじて、気が紛れるのでtwitterをやってましたが、それだって直ぐに力尽きて数十分~数時間休むのです。

復職したとして、腕まくりになる。とすると、半袖状態になる分、室温を上げて貰う必要がある。そんなことを職場で対応してもらえるのか……。

さらに、腕まくりをしたとしても

  • 受話器が握れるのか
  • キーボードを打てるのか

なんとなく、手術しなければ解決しない気がしました。放っておいて、復職できる痛みじゃあないなと。

趣味はどうなるのか

ロードバイクのブレーキが怖いなあと。MTBから入った僕には、ロードバイクは気楽に乗れません(軽さ、踏力の小ささは素晴らしいです!)。で、ブレーキもMTBの油圧ブレーキと比べたら断然、握力が必要です。

ロードバイクの油圧ブレーキ(少なくともディスクブレーキとか)、本気で検討しなきゃかと思いました。結局は手術してブレーキ握れるようになるんですが、当時はまだ迷ってました。

身近にいる大事な人を大事にしたくなる

僕と一緒になってくれた頃からも含め、今回の入院で一番頑張ってくれたカミさんに、料理を作ってマッサージをしてあげたいと思いました。そして、心配をかけた両親を温泉に連れて行ってあげたいと思いました。

自分から他者へ目を向けられたのは、少しだけ余裕が出てきたということでしょうかね。

背中が暑いのに動けない! →編み出した対処法

入院5日目で、やっと自分の背中が暑くなる原因が分かりました。食事です。食事後、しばらくすると背中が熱くなり、汗で蒸れます。

ですが寝返り禁止。

これに対しては、安静の頚部を中心、足先を弧とする扇形を描くように、ベッド上で背中の位置をずらすことで、少しでも放熱するようにしました。

すこしでも、動けるようになると工夫もするものです。

(でも、退院した今から思えば、ちょっとくらい動いてもいいんじゃないの? と)

頚椎椎間板ヘルニア 入院4日目 パニック障害の症状と一般病棟へ転棟

パニック/過換気の症状を発症する

少しだけ心に余裕が出たのか、朝、体を動かしたくなりました。はじめは「歩きたいな」くらいでした。ですがその気持がどんどん強くなり、自分でも制御できなくなり、叫び声を上げそうになってしまった。これはヤバいと直感して、ナースコールを押しました。

看護師さんが来てくれましたが、呼吸が早くなっていき、吐くことが出来なくて吸うだけになり、だから喋るのが極めて困難になりました。意思の疎通が出来ないから、ますます焦って症状が酷くなりました。

「過呼吸、今で言う過換気の症状。ゆっくり息をして」と看護師さんに言われましたが、それが出来ない。お忙しい中、看護師さん(後にICU病棟の師長だったらしいと知る)を10分以上(たぶん30分とか)、僕のそばにつかせてしまいました。

これ結構な騒ぎになり、まずパート勤務中のカミさんの会社へ連絡が行き、社内の放送でカミさんが呼び出される事態に。

病室も、師長だけでなく数人(たぶんICU病棟の手の空いてる?看護師すべて)が集まってきました。

吐けばいい息が吐けない。辛い。その状況がずっと続いて、師長が点滴の用意を指示しました。もともとその日にする予定の点滴を、早くやる感じです。

その中に入っている薬剤が、神経を鎮める働きがあるからという説明でしたが、後日他の看護師にその話をしたところ、「その薬剤にそんな効用はないと思うんだけどな」と。今ざっとググってみても微妙なところなので、その薬剤名は書きませんが、とにかくその点滴を入れてもらい、間もなく呼吸が出来るようになったのは事実でした

プラシーボ効果かもしれません。だとしたら、またしても看護師さんのお陰で救われたことになります。看護師さんの機転です。どんな方法だって、仮に嘘だって、患者からすればその時に楽にしてもらえたらいい。

パニック/過換気の症状の原因

症状の原因は、意外なところにありました。後頭部が痒かったんです。