昨晩見た夢と体調(声が出ない)

体調

2016年8月末の退職に備えて,私の仕事を引き継いでいるわけだが,彼がマイペースでメモを取ったりまとめたりするので若干イライラいている。そのせいか,心が急いでしまい,理解してもらうために口数が増えてしまう。声量も大きくなる。

そういう体に対する負担と,心に対する負担が重なったのか,昨日から喉がひどく腫れて声が出なくなってしまった(出せるが,ひどいかすれ声。仕事にはならない)。昨日はたまたま休みだったから良かったが,何と今日も声が出ないので休んだ。これは若干強引にではあるが,彼も私という支えが無い中で業務する良い機会になると思う。

問題は,明日である。毎週木曜日が,ウチの職場は修羅場なのだ。明日までに声が出なかったら……彼に声を出す業務全てをやってもらうしかない。

ちなみに昨日は,目覚めたら12:00で,朝食をパスしていた。昼食を摂り,カミさんと少し話しをして14:00から安静(就寝)。次に目覚めたのは19:30であった。昼間は正味2時間しか活動していなかったことになる。しかも,取っている睡眠は,時折夢も見たが,爆睡だった。体を動かすことはほぼ出来なかったから。

昼食は,ガッツリ摂った。カミさんが用意してくれた冷やし中華風うどんの他,TKG(卵かけご飯)を自分で用意し,生卵は4つ飲んだ。「ヘビか」と言われたが,体が欲していたのだ。ちなみに今朝は1つしか飲んでいない。

昨日見たテレビかウェブのニュースの影響だろう,高速バスで長野県へ行く夢を見た。

帰りは,まるで昔の高速道路のトンネルみたいな,オレンジ色の照明のトンネルを歩くとすぐに地元に着くのだが,そこでMTBを忘れて帰って来たことに気付いた。

トンネルは逆走できないので,MTBを取りに行くには,再度高速バスに乗るか,自家用車で行くしかない。高速バスの運賃が勿体無いなあ,というところでこの夢は終わる。

次に見た夢は,労働基準監督署の話題であった。昨晩,SNSで,れんとさんや,以前同じ会社に勤めていた人と話したのが影響しているのだと思う。

目覚めた今はもう諦めているのだが,最大55.5日取得できるはずの有給休暇が消化出来ていない。その内の15.5日は2016-08-01で消滅し,残りが40日になる。しかし,私の仕事は複雑な部分があるので,「2016-08-31までの最終勤務日までに有給を取れる日は取れ。その後,退職日の2016-09-30まで有休消化。2016-10-31を退職日として40日全ての有給消化するのは前例がないので認めない。有休消化の買い取りもしていない」という,クソみたいな上司とのやりとり。これは,現実にあった話である。(録音済み)

しかし,私も弱い部分があり,これ以上,苦楽を共にしてきた上司と喧嘩別れするのも嫌だったし,これが理由で退職金が減るのも……などと考えてしまい,受け入れてしまったのだった。

それが,今朝見た夢に出てきた。「目が覚めたら(←笑),絶対労基署に訴えてやる!」と何度も息巻く自分がいた。周りに誰がいたかは覚えていない。が,何度も言っていた。周りも応援してくれていた気がする。

目覚めている今はそこまで息巻いていないが,やはり労基署に電話しようと思っている。だって,1ヶ月分の給与が貰えるかどうかって話だから。ただ,今日は声が出ないのでどうしようもない。

労基署といえば,私以外の誰かもタレコミをしているらしく,週の当直回数(?)が違法で是正するよう指導を受けたらしい。

結局

経営のトップがバカなのだ。不正をして私腹を肥やしていることは,末端まで知っている。それを是正しようとした役員を追い出したことも,みんな知っている。その代わりに入れた役員の質が悪く,現場の職員がどんどんやめてしまったから,売上が上がらない。聞いたところ,「あの人が辞めてくれないと自分が辞められない」という,退職の順番待ちなのだそうだ。

そんな状態だから今回のボーナスは,私の居る事業所のみの売上でグループ全体の収益をプラスにしており,他は惨憺たる状況らしい(親族経営のバカ会社なので,具体的な数字は発表されない)。ハコだけ大きくて,稼働率が悪い状況だ。

 

私は,私がいるから自分のいる事業所を回してきたという自負がある(勿論,周囲の職員の協力も含めて)。

しかし,私が去って,引き継ぎを受けた者が私以上に動けるのか(マクロは書けない,工学的な知識はない,設備は分からない)。

そして,私の居る事業所,ひいてはグループ全体の売上がどう変わるか。これは私の心のダークな部分だが,今後の動向が楽しみで仕方がない。

ボーナスの数字の発表時の,トップの苦虫を噛み潰したような表情が今でも忘れられない。

本当に,お客様,地域,社会のために貢献する会社でないから,こういうことになるのだ。←万が一,トップがこれを目にしていい会社になってはいけないから,消しておこう。

 

懐かCM

私が最も多感だった中学3年の頃のコカ・コーラのCM

3秒目くらいの「パクッ」と食べるお兄さんがワザとらしくてちょっと嫌だったんだけど,30秒目の〆の女子学生の笑顔がとても素敵で,このバージョンが結局一番好きだ。

同い年くらいなんじゃないかなー。

Evernoteでライフログを録るということ

最近サボり気味だが,Evernoteにできるだけ全てを放り込むことにしている。写真はEvernote,BackBlaze,自分のHDD2台に保存されているので,まあ何かあっても大丈夫だろう。

そして,れんとさんのエントリを読み,衝撃を受けた。初めは,「うん?」という位だったが,この写真を見た時に,「行ったことがあるんじゃないか?ここ!」と感じた。

それで,Evernoteで「大笹牧場」を検索したところ,こんな恥ずかしい写真が出てきた。

1990-08-16大笹牧場

両親と私の3人で,写真のタイムスタンプから,25年前,私が高2の時に,旅行した時のものと分かる。弟は,確か合唱の演奏旅行か何かで,家族旅行に参加できなかった。そして,私がこんな恥ずかしいポーズを取っているのは,当時感化されていた米米CLUBの影響であるが,一緒に写っている父や撮影していた母には恥ずかしい思いをさせて大変申し訳無い次第である(母と写っているバージョンも有る)。そして,れんとさんの写真と比べると,後方に電線がないとか,植物の生育具合に差異があって興味深い。

この時は加仁湯温泉に行ったのだった。確か,山の上の方にあり,麓の駐車場から長時間掛けて歩いて到着したのだが,実は送迎バスがあって,私達の到着と同時刻に温泉に到着して,脱力したのを覚えている。

お湯に関しては覚えていないが,たまたまどこかの大学の合宿とかち合ったため,夕食が落ち着いて摂れなかったことを覚えている。部屋は,素朴なバンガロー的な感じであった(15年以上も前の話である。今は違うと思う)。

その,素朴な畳敷きの部屋で,何もすることがなく,ちょっと照れながら母と向かい合って話をした映像だけが頭のなかに残っている。

いずれにしても,写真の中のテキストまでキーワード化するEvernoteは素晴らしい。最近,Basicバージョンの同時閲覧端末数が減ったのは残念な限りであるが。

子供が成長していくということは

昨日,複数のSNSで,

IMG_20160702_184847

次男であるryuseiと手をつないでいる写真に「いつまで、こうして息子と手をつないで歩けるだろう。」と書いて投稿した。

今日,同じ道を,taiseiとryusei,私の3人で歩いた。

taiseiに聞いてみた。「taiseiはもう小5だから,やっぱりパパとは手を繋ぎたくない?」と。

「周りの目があるからね」という返答。

そう言われてみて考えた。いつからだろう。taiseiの体を私が洗わなくなったのは(taiseiが自分で洗うようになったのは)。最後に手を繋いだのは,いつだったのか。

そういうことを突き詰めて考えていくと,本当に「今」というのが大事で,次男と手をつなぐことも今しか出来ないこと,長男と一緒に公園に行くのも今しかできないことなのだなあと思った。

そして,今度手をつなぐ時は,私が天に召される時なのだろうかと思ったり。時間は,どんどんと過ぎて行く。